起立性調節障害と診断された患者への鍼灸治療の1症例

日本における不登校の実際

平成30年度(2018年度)の全国の不登校の児童生徒数(その割合)は小学校では44,841人(0.31%)、中学校では91,446人(2.56%)、高等学校では57,664人(1.72%)となっており、中学校、高等学校で高く推移していますが、増加率でみると小学校、中学校で増加傾向にあります。

気掛かりなのは、都道府県別の不登校生徒数の順位で1位、2位、3位が東京都、神奈川県、大阪府などの大都市部であるのは、元々の分母が大きいということで納得できますが、これを児童・生徒数1,000人当たりの不登校児童・生徒数でみてみると宮城県は小学校で7位、中学校で1位、高等学校で2位となっています(ちなみに沖縄県は小学校、高等学校で1位、中学校で3位)。

文部科学省:平成30年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について

https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/10/25/1412082-30.pdf

これは風土、気候、地域性も関係があるのか?と思い、東北他県(青森県、岩手県、秋田県、山形県、福島県)を見てみると驚くことに、不登校数の順位が東北他県では比較的低いということが分かりました。つまり、東北では宮城県だけが特有で、とびぬけて多いということになります。

不登校と起立性調節障害(OD:Orthostatic Dysregulation)の関係

なぜこのようなことが起きているのかは、話が変わってくるのでここでやめますが、その不登校の原因には学校内要因、家族要因と本人要因などが挙げられます。

本人要因にはADHD(注意欠陥・多動性障害)やASD(アスペルガー症候群)、LD(学習障害)の他にODが直接的または間接的に関係していると考えられます。

ODは小学校高学年から中学生の思春期前後の子供に起きやすく、朝起きることができず、夜に寝付けなくなるため、学校を休みがちになったり、不登校になったり、引きこもりになったりする原因になります。

これは決して怠け者になったり、不良になったのではなく、まだ未成熟な自律神経が、思春期の体の成長スピードに追い付かないために、機能失調を起こし、血圧のコントロールが上手くいかなくなるために起こるといわれています。

ODでは主に以下のような症状がみられます。

・朝に起きられない

・立ちくらみ

・全身倦怠感

・食欲不振

・立っていると気分が悪くなる

・失神発作

・動悸

・頭痛

・夜になかなか寝つけない

・イライラ感・集中力低下

また、ODの分類には以下のものがあります。

・起立直後性低血圧

・体位性頻脈症候群

・血管迷走性失神(vasovagal syncope)

・遷延性起立性低血圧

・起立性脳循環不全型

・高反応型

ODと鍼灸治療

ネットで検索すると、多くはないもののODに対して鍼灸治療を行った文献がみられます。

しかしながら、日本小児心身医学会のHPでは、起立性調節障害に対して<起立性調節障害(OD)に対する整骨や整体などの代替療法の効果についての声明>として、“日本小児心身医学会は医学中央雑誌等による過去の文献検索を行ったところ、現時点(2018年5月)で、整骨や整体などの代替療法がODの本質的病態を改善するとした科学的根拠(エビデンス)はなかった。すなわち、これらの代替療法について的確な研究デザインによって明確なエビデンスのある研究報告がこれまでに存在しないからである。”と述べられています。

ここの整骨や整体などにどれだけ“鍼灸”が入っているのかは不明ですが、文献の数からしてエビデンスの効いた報告はまだ、無いのかもしれません。

しかしながら、鍼灸刺激と自律神経の研究は昔からされており、鍼灸治療をすることで自律神経が良い状態に調整されることは、研究的にも、臨床的にも(鍼灸業界内では)よく知られた事実です。

そのことからも、ODが自律神経の機能失調であること、鍼灸はそれを調整するすべがあることから何らかの良い影響を与える可能性は十分にあると思われます。

今回、市井の鍼灸院でODの患者さんを治療する機会が得られ、良い結果が出たので報告します。

症例報告

患者:Yさん(高校生)

現病歴:中学校3年生のころより朝に起きることができなくなった。高校には進学したものの、相変わらず学校は休みがちであり、朝起きることができない。

夜間覚醒し、寝ようとしても頭がさえて眠れなくなり、朝方に眠くなって寝てしまう。無理にベッドから起きようとすると、めまいが起きて、気を失うこともある。お風呂に入ると、めまいやのぼせなどが起きる。

中学校3年生のころに専門の医療機関を受診し、“起立性調節障害”と診断され、服薬治療を開始したが、症状はなかなか改善せず、本人もそのことでイライラして、家族にあたることも増えてきた。

体表所見等

頭(百会~絡きゃく)に浮腫み

手・足の冷え(汗でベタベタもあり)

脈:冷え、気虚

腹部:NP

鍼灸治療

頭のてっぺんと足先に灸をした以外は、全身調整の鍼(1寸0)で行った。

結果

週1回の頻度で8回ほど治療をおこなった。

治療2回目ほどから気持ちが落ち着いてきて、3回目くらいからは朝起きることができるようになった。めまいの頻度(↓)。

4回目からは毎日、朝起床できるようになり、5回目くらいからは通学開始。

6回目では体育で動いた後にめまいが出るが、授業などではめまい(-)。

7回目では体育の授業後のめまい(-)

治療院でも客観的測定はできないかと家庭用の血圧計を用いて、起立負荷試験を行ってみた。以下の図は2回目と6回目の坐位と立位での血圧を測定したものである。

2回目では坐位→立位直後、坐位→立位3分後の差が

最高血圧では-16mmHg、-19mmHg

最低血圧では+5mmHg、+9mmHg

脈拍では+17回、+25回

脈圧は-21mmHg、-28mmHg

6回目では坐位→立位直後、坐位→立位直後の差が

最高血圧では+2mmHg、+6mmHg

最低血圧では-4mmHg、+9mmHg

脈拍では+11回、+19回

脈圧は+3mmHg、-5mmHgだった。

2回目と6回目を比較すると、立位による最高血圧や脈拍、脈圧の変動が減少しているのが分かる。

考察

ほぼ2か月程度の鍼灸治療で体調も良くなり、深夜に寝て、昼頃に起きていた生活リズムが、朝起きて、夜寝るようになった。また、めまいなども徐々に減少していき、問題ない程度に回復し、登校することができた。

起立性低血圧は、臥位から立位に体位を変換をしたときに、収縮期血圧が20mmHgもしくは拡張期血圧が10mmHg以上低下するものと定義されている。

今回、最低血圧値以外で、坐位から立位への移動による数値の狭小がみられたことから、自律神経機能が正常化する方向性がみられた。ただし、本来の起立性低血圧の検査では、立位になる前に5分以上臥位を保ってもらい、立位になった後3分以内に立位のまま血圧を測定することにより診断するとされている。

体調の参考に、家庭用の自動血圧計を用いて、体調の変化の参考に坐位と立位の血圧を測定したが、このような簡易的なものでも測定できることが分かった。

ODと診断され医療機関ででの投薬治療で改善がみられにくい状態だったのが鍼灸治療を行うことで生活のリズムが戻り、登校することができたが、これは鍼灸治療によって自律神経が整うことで、生活のリズムが改善したと考えられる。

ODの分類でもわかるようにすべてに鍼灸治療が効果をあるかは未定であるが、何らかの影響を及ぼしたことは考えられる。

昨今の新聞やネットの記事で宮城県は不登校児童・生徒が多くあると報告されている。その問題は、多くの要因が絡んでいることが考えられるが、その一つに成長期の自律神経機能の失調があることが考えられる。

日本小児心身医学会のHPでも掲載されているが、ODに対する代替医療の効果が現時点ではエビデンスに欠けているとされ、鍼灸の分野でもほとんど報告がみられていないのが現状であるが、今後、自律神経の測定など、鍼灸の作用の客観的なエビデンスを踏まえながら、OD治療への一助になればと考えている。

コメント