症例
40歳代、男性、会社員(デスクワーク中心)
主訴:不安感、左の背中のコリ
現病歴:1か月前に1日中肉体作業した後に飲酒したらめまいやふらつき、悪心があり、倒れ、救急車で運ばれた。病院では、脱水症状だと言われた。点滴をして、その時の症状は良くなったがそれからずっと左の背中が張るようになった。近医で胃と心臓を検査したが問題なかった。近くの接骨院で背中を揉んでもらうと一時的に背中が良くなる。
2,3年前に運転中に急に具合が悪くなることあって、その時からしばしばそのエピソードのことを考えると不安になることがあった。そのことを病院で相談すると、抑肝散を処方された。1か月前の倒れた後からは時々漠然とした不安感が出るようになった。特に背中の張り感が気になると、不安感が出てくる。また、車の運転時にも不安感が生じ、高速道路は怖くて運転できない。
体表所見
患者さんが気になる背中のコリと圧痛があるみぞおちを以下に記した。
施術は、背中の脊柱起立筋の筋緊張、頸部の筋緊張緩和を目標に行った。
施術2回目
背中の張り10 →5か6くらいになった。不安感はある。
うつ伏せでの後頚部の施術は、緊張してしまうので背中だけにしてほしいとのことなので、背中の施術のみとする。
施術4回目
不安感↓ 背中の張り4くらい
施術6回目
趣味の陸上の大会に出場できた。
施術7回目
今回は調子悪く、不安感が強かった。
不安感↑だと背中の張り↑だし、背中の張り↑だと不安感↑なので、「この2つは連動している気がする」と。
施術9回目
調子が良い日と悪い日がある。その時その時で違う。
夜にランニングをしているのだが、調子が悪いときは、呼吸がしにくい。
今回からうつ伏せで、頸部の鍼追加。
施術10回目
非常に調子が悪かったため、病院で安定剤を処方してもらった。
無理にランニングをすると、その後調子が悪くなることが分かったので、今は止めている。
施術12回目
調子が良い日が多くなってきた。
特に鍼治療後は、心身ともに軽い。
施術15回目
調子はぼちぼち。胃腸の調子悪いことがある。
施術18回目
調子悪くない。
夜は5㎞走れるようになったが、走った方が体調が良い感じがする。
気持ちが良いので、どんどん走りたい気分。
施術19回目以降
安定剤なしでも調子が良い。
疲れてくると少し左の背中と不安感が出るが、前のようではない。
この後はメンテナンス治療になった。
考察
この患者さんが気になっていた背中の張りはTh7~Th10の左側だが、これは経穴でいうと、膈兪(Th7,8外方)、肝兪(Th9、10外方)、胆兪(Th10、11外方)になる。
「胃の六つ灸」という胃の調子を整える灸があるが、膈兪、肝兪、脾兪(Th7~Th11)である。また、ボアス圧診点という胃潰瘍や十二指腸潰瘍で圧痛を出すポイントは左のTh10~Th12椎体の左外方である。このことから、左の背中の反応は胃の反応ではないかと思う。
あんご鍼灸院の似田敦先生の現代針灸臨床論(第18版、2014年)によると、横隔膜隣接臓器(肺、心臓、胃、肝臓、すい臓など)に異常が起きると、内蔵の異常反応が横隔膜に波及するので、横隔神経支配領域(C3~C4)である首や肩の皮膚間敏や筋肉のコリをもたらすと同時にこれら横隔膜辺縁部はTh7~12の肋間神経が支配し、この領域の皮膚過敏と筋肉のコリをもたらすとしている。
したがって今回の患者さんの左背部のコリは胃を中心とした上部消化器官の反応ではないだろうか?
また、背中のコリと不安感の関係性はどうなんだろうか?人間はストレスがかかると緊張しやすい筋肉が存在し、これを”ストレス筋(群)”という。ストレス筋群には、僧帽筋、胸鎖乳突筋、咬筋、脊柱起立筋などの背部伸筋、棘下筋、大殿筋、中殿筋がある。これらは、顎、首と背中、腰、お尻の筋肉で、動物として、「戦うか、逃げるか?」などのピンチの時に率先して働く筋肉である。交感神経を緊張させて、心拍数を上げ、これらの筋肉を緊張させ臨戦態勢状態を作るのだが、逆にリラックスとは逆の状態で、多くの自律神経症状を呈する患者さんがまず、この状態になっていることが多い。そして、これら筋肉が常に緊張していると、人間の脳は「今は、臨戦態勢だ」と勘違いしてしまい、動悸がしたり、不安になったり、過呼吸になったり・・・という症状を呈することがあるようだ。
今回のケースも背中の筋肉の緊張が、交感神経を亢進させ、精神的緊張を作り出し、不安感を引き起こしてしまったのではないだろうか?そうすると、これらの筋肉の緩和治療というのはあながち有効だと考えても良いと思っている。
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